御忌に出仕
お寺では普段、お檀家さんの年回法要を行います。それは「3回忌、7回忌…」といった節目の時に行うのですが、毎年年回忌を行う方があります。それは浄土宗の宗祖、法然上人。総本山(知恩院)や大本山(増上寺など)では、御忌と呼ばれる特別な法要が、毎年行われています(もちろん、一般寺院で行っているところもあります。念のため)。
しかし大きなお寺ですので、この御忌という法要では、猊下台下(本山のご住職)から委嘱されたお坊さんが、お代理で導師をお勤めします。我が光圓寺の先代も平成28年にはこの栄に浴し、大本山増上寺で払子を振らせて頂きました。なにせ1週間で17の法要があるのです!御親修(猊下台下がお導師)もありますが、大本山増上寺の場合は東日本各地よりお導師がお越しになります。
28年の時には、光圓寺からも多くのお檀家さんにお参りにお越し頂きました。その節はありがとうございました。そして、写真にも残っていますが、お坊さんも非常にたくさんご出仕になります。「あの方がお導師をされるなら、私も一緒にお勤め致します」という訳です。
そして今年度、浄土宗が開かれてちょうど850周年となるのですが、私(現住職)もご縁をいただき、何座かお勤めさせて頂きました。地元傳通院の貫主さま、青年会の先輩、震災の時にご縁をいただいた方からお声を掛けて頂きました。もちろん、「28年の時にお世話になったお返し」という意味もあります。
多い時には200人以上のお坊さんが、控え室で準備(着替え)をします。加行(修行)以来の大部屋で、時間も限られた中で進めていくのですが、なにせ年齢もいろいろ、ご出身もいろいろということで、一種「ホームカミングデー」のような雰囲気になります。「あ、お久しぶりです。如何お過ごしでしたか」「わぁ、お互い…年を重ねたねぇ」「今どうしているの?」といった会話が、そこかしこから聞こえます。28年の時は「お導師」ということで別室が控えだったのですが、この活気というか懐かしい感じは、大部屋ならではです。
先輩や旧友と会うと、それぞれの時のことを思い出します。悩んだこともあったけれど、今となってはみな思い出。それもこれも、浄土宗があり、今に続いているからだと有難く感じます。
改めて、法然上人が御釈迦様の教えから学ばれ、「お念仏をお称えすること」を中心に据えられたことの意義や、その土台となる人間観がしっかり存在すること。それをなぞっていくことで生きやすくなること。そうしたことを多くの方にお伝えする使命が私には課せられているのだと自覚しました。普段は「住職でございます」と最終決定者の顔をしておりますが、中身は多くの人との関わりによって形作られたもの。リアルに人生から学びながら、これからも活動していきたいと、思いを新たにしました。