元気を頂く

 昨日15日まで、お檀家さんのうち「お棚経(お盆のお参り)」をさせて頂きました。一番長くお参りしているお宅は、多分30年以上になるのではないかと思います。私が学校を終える頃?ですね。
 今では基本的に自家用車でお伺いしているので「かなり楽」ですが、それ以前は電車を乗り継ぎバス停から歩き、汗だくでお参りしておりました。「ようやく辿り着いた…」と思いながら汗を拭って衿を直して呼び鈴を押す…と「さぁお待ちしておりました。どうぞ…」と言って頂けることもあり、そうでなかったこともあり…。若かったからできたのかなぁ。父は、今の自分の年齢でも電車だったなぁ。そんなことをボンヤリ思ったりしました。

 去年、そして今年は「コロナですから」ということを意識しないお参りはありませんでした。マスクとアルコールを車に積んで、都度の交換と消毒をしてお参りしました。「自分がうつしてしまったのかも」というのは、やっぱり嫌ですから。また、雑談もコロナが中心。「私はワクチン2回終わりました」「思うところがあって、(予防接種を)やっておりません」「コロナで人と会えなくなって寂しさが募ります」というお話も伺いました。
 そんな中、「お仏壇の中は例年変わることが無いなぁ」と思っていたら、ある写真に目がとまりました。亡くなったご主人が、お祭で御神輿を担いで楽しそうにしている姿です…本当に心から楽しそうな表情です。そして、その隣にはご子息の会社での姿でしょうか、これまた優しい笑顔が飾られていました。

世の中ガタガタ騒いでいても、お仏壇の前に来れば、以前と変わらぬ笑顔が待っていてくれるんだなぁ。そんな想いが自然と湧き出してきました。

 誠に不思議なのですが、自坊(自宅)のお仏壇では余りそういう経験をしていなかったのです(不信心なのか?)。けれど、「お仏壇が家族の原点」という意味が分かった気がしました。家族と、今は離れたけれどもご先祖様として仏様としていらっしゃる。お仏壇を通じてそれを感じる事ができる。世の中いろいろ移り変わっているようだけれど、原点に戻ることはできるよ…そういったメッセージ(?)を受け取ったのです。

もしかすると、自分の気持ちが沈みがちになっているから、そういった事に敏感になっているのかも知れないね。「暗闇が深いほど、僅かな光を感じることができる」と言うからね。お仏壇を拝ませて頂いて良かったね。

 全くその通りです。お経をあげに行って、こちらが学ばせて頂いている。修行させて頂いている。ありがたいことです。

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