落とす・落ちる

 今日のお勤めの故人さまが「柿が好きだったので、お供えしようと探したのですが、売っていなかった」という話を聞いて、境内の柿をいくつかもぎました。まだ熟した!というよりは早すぎるのですが、みなさんに磨いてもらい、お供えしました。
 お店で見る柿は恐らくみなピカピカだと思うのですが、取ってきたばかりは相当埃というか汚れが付いています。台ぶきんでもハンカチでもいいのですが、軽くこするだけて相当綺麗になります。それを見て、坊さんらしく考えました。

人間は、煩悩を纏ってしまっているから苦しみが生じるのです。自分をよく見せたいというプライドや、思い通りにならないことへの怒り、理解できない無知、足ることを知らない貪欲さ、そんな煩悩を落としてしまえば、美しい姿が現れるのです。柿の実が本当はピカピカなのに、汚れて耀きを失ってしまっているように。
 ただ問題は、「どうやって煩悩を落とすのか?」ということです。それらの実践を八正道と言います。云々

 ただ、「これこれを実践する」というのと「落とす」というのはイメージが異なるような気がします。八正道を実践すると、自ずから煩悩が落ちていくような(他動詞ではなく自動詞という感じ)。
 「自分磨き」とかって格好いい響きの言葉にも繋がりそうですが、あれはどちらかと言えば「自分を豊かにしていく・武装していく」という印象であるのも不思議なことですね。

 ということで、モヤモヤと考え続けておりますが、うまい着地点があったらご法話のまくらにできる気がします。どなたかヒントを思いついた方は、ぜひメールにてお知らせを(笑)。
 

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