シャレや冗談

 近頃、冗談というのをめっきり聞かなくなった気がします。むしろそういった発言が「まともに」取り上げられ、いわゆる「炎上」になる事の方が目立つ。これはどうも、現代の「機械を通じたコミュニケーション」が影響しているように思います。

 つまり「会話が情報化された」という事で、情報というのは固定化される、「その場その時の当意即妙」が抜け落ちる事でありましょう。その日その場の流れや雰囲気が捨てられて、デジタルで記録できる言葉だけが一人歩きする。それが炎上のメカニズムだと思うのです。因縁で言えば、「こう言った」という因だけが取り上げられ、縁が抜け落ちている。縁を伝えられないものが媒介しているから双方悪くない、媒介者の問題だと思うのですが、それが見えにくいゆえ、炎上とか傷つけたとかいう話になるのでしょう。

 しかし、というか「だからこそ」人間の優位として「シャレや冗談の分かる」人になっておくのは大切だと思うのです。機械越しのコミュニケーションが普通になって、そこが育たないのは心配です。恐らく「余白や行間を味わう」とか「俳句や短歌を味わう」に通じていると思うのですが、、そういうのを「豊かなコミュニケーション」と呼ぶのではないでしょうか。「○○○…」「え?冗談でしょ?」「その通り!」という流れなら、今時の人でも軽く冗談に接することができるような気がします。「自由な発想をしよう!」と一方では喧伝しつつ、「正しいことからはみ出してはいけない」というダブルバインドは、現代人間を苦しめている1つであると思います。

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